東日本大震災 -3.11から100日の現状報告

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救援物資について

被災地での物資のニーズはその地域と時期によって、どんどん変わります。同じ避難所でも先週と今週では違うことも良くあることで、できるだけ直前に確認してその時、希望があるものを持参するのがいいですね。写真は届けられた新鮮な野菜を前にした『倉庫番長』と呼ばれるこの教会のHさんです。みんなが炊き出しや足湯、ガレキの片付けに出掛ける中、一日倉庫の責任を持ってくれています。今回、私の妻は食事係として一週間、キッチンに立ち続けてくれました。感謝!自分を差し置いて「その場で何が必要か、何をすべきか」考え行動することを身につけるのもボランティアで教えられる大切な学びです。

救援物資

救援物資


近藤高史
飛躍広報部長

ことばの御見舞遠慮する!

4/20福島県いわき市内、津波で約50名が亡くなった地域でガレキの片付けを一日しました。これ以上ないほど疲れましたが、ここは原発から30kmの地点で廃棄物を捨てに行った海辺のゴミの山に立てられた看板に地震、津波に加えて人災としての原発の問題に翻弄される被災者の苦痛を感じさせられました。先の見えない暗闇の中に立っているという感じでしょうか、どなたも一旦話し出すと色々な想いが渦まいて止まらないというようでした。「上に立つ指導者のために」お祈り下さいね。今日もガレキの片付け、足湯ボランティアの予定です。それにしても頻繁に地震があります。今朝も地震で目が覚めました。

ことばのお見舞い遠慮する

第三回 救援物資

発送は5月1日に下記の品を予定しています。

今回は福島原発近郊で救援活動をするNPO「シャローム」代表大竹静子様の元へ送ります。 

どうぞ、ご協力の程宜しくお願い致します。

〒960-1241福島市松川町東原17-3
024-567-2321 FAX024-567-2322 

NPOシャロームから救援物資として 無洗米 醤油 味噌 レトルト食品の要望がありました。

きっと春が来ます

3/30は名古屋からの第二便が仙台から南三陸まで日帰りで物資の搬送とボランティア活動に来ました。友人の一人が残ってくれたので総勢7名で今日も避難所泊りです。避難所内ではインフルエンザが出たので急遽医務室にいた軽症患者を避難所である体育館に戻す、ついてはボランティアさんは教室に変わって下さいと夕方に決定。急いで案内された教室の時計は地震が起きた2:47を差したままでした。しかし支援物資に挟まれていた一枚の絵には感激。時は確かに動いています。そろそろ私も被災地には来て10日、次の人にに働きをバトンタッチする時が近づいて来ました。おっとまた強い余震です。お祈りをお願いします。

支援物資に挟まれていた一枚の絵

支援物資に挟まれていた一枚の絵




近藤高史
飛躍広報部長

南三陸、復興の足音

3/29は終日、南三陸の志津川小学校避難所にて物資の管理をしました。避難所内で寝起きし何日かでも同じ場所にいるだけで、ものすごく多くの事を考えさせられます。津波で流された泥だらけの写真やアルバムが今日は避難所に並べられていました。3/30は合同慰霊祭です。集団避難を明日には決断しなくてはいけないのにどうしようと悩む人。この町が復興しても自分の仕事が必要になるには6年掛かると話してくれた大工のご主人。支援物資を受け取る側の手伝いとして被災者の方と一緒に降ろしたり。一番今日感動したのは南三陸の被災地には次々と電柱が立てられている姿をみた時です。まだ電線はありませんが避難所を目指してどんどん立てられています。かすかな復興の足音を聞いた気がしました。

南三陸の志津川小学校避難所

近藤高史
飛躍広報部長

志津川小学校避難所にて

3/28南三陸のベイサイドアリーナ避難所からすぐ近くの志津川小学校避難所に夕方移動。今日から3名で避難所内で泊まらせてもらい物資の管理、食事の手伝い、片付けなど手伝うことになりました。通いでなく朝や夕方まで必要があれば手伝いができます。避難所の規模、様子、ニーズはそれぞれ全く違うしその時々で変わってゆきますからとても短い言葉では表せません。ここでは物資は比較的間に合っているようですがまだ水、電気、ガス全て止まったままです。日没後はテレビが発電機で一台ついている他はソーラーライトを使っています。写真は食事が余ったので私たちにも分けてもらった雑炊とみそ汁です。日没後は真っ暗です。mixiのサイトで知り合って来たという3名のボランティアの方とも一緒に体育館で寝ました。布団も借りられ暖かかったです。感謝。

被災者の食事

被災者の食事

近藤高史
飛躍広報部長

雪の中でバケツリレー(南三陸)

写真は3/26に初めて南三陸町のベイサイドアリーナ避難所でボランティアした物資搬入の様子です。あられのような雪が時々降る中、バケツリレーで運びました。今日3/28からは数日ベイサイドアリーナに3名で泊り込みの働きになります。イスラエルからも50名の医者達が南三陸に来ます。通訳など手伝える事があれば何でもしたいと思います。昨日は宿泊している仙台YWCAの近くにある仙台ホサナ教会で礼拝。礼拝堂は余震で落下などの被災があり得るので30 名程が小さな集会室でぎゅう詰めになって礼拝しました。それでも明日から来るボランティアチームのため10名の宿泊を受け入れてくれました。感謝。また昨日は午後に温泉に連れて行ってくれる方がいて感謝。夜が冷えて寒かったのと6日ぶりの風呂で感激しました。また一週間が始まります。

初めて南三陸町のベイサイドアリーナ避難所でボランティアした物資搬入の様子

初めて南三陸町のベイサイドアリーナ避難所でボランティアした物資搬入の様子

近藤高史
飛躍広報部長

南三陸町役場前で祈りました

仙台から3時間運転し南三陸へ。津波で17000人の人口の4割が死亡または不明。家屋は7割が消失。1300名以上が避難するベイサイドアリーナでボランティア登録をし、物資の搬入を手伝いました。10tトラックが3時間で3台も満載で届き50名程のボランティアと一緒にバケツリレーしました。写真は帰りに通った被災地のちょうど中央辺りに立つ町役場の跡です。寒いですが車から降りて5名のクリスチャン全員で祈りました。この町が再建しますように。教会がなかったこの町に教会が立ますように。

被災地のちょうど中央辺りに立つ町役場の跡

被災地のちょうど中央辺りに立つ町役場の跡

近藤高史
飛躍広報部長